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平成18年度の診療報酬改定は、医療界にとって地殻変動に等しいものでした。高齢化社会が進行する中、医療費の抑制は国民皆保険制度を維持する上で不可欠で、「医療費適正化」の名目の元、大鉈が振るわれたようです。今回影響を受けたのは、入院、リハビリ、透析、画像検査等多岐の分野に亘りますが、最も抜本的に変わったのは、療養の場でした。
今回は、療養病院の閉鎖の現実について現場の矛盾を、当社がお手伝いさせていただいた病棟閉鎖の事例を交えて、ご紹介したいと思います。
病院の機能は、手術等を行ういわゆる急性期の機能と、その後の回復期、療養期の機能に分かれます。今回メスが入ったのは病院が担っていた療養期の機能でした。元々日本の場合は、諸外国に比べて圧倒的に平均在院日数が長く、その一因が療養病床における「社会的入院」だとされています。厚生労働省が発表した資料によると療養病床の入院患者のうち、医師による対応の必要性が週1回以下の人が概ね5割だそうです。このため、医療の必要性の高い患者については診療報酬上の評価を引き上げ、低い患者に対しては評価を引き下げ、更には退院を促進する方針となりました。
療養病床は医療保険が適用されるもの(医療療養病床)が25万床、介護保険が適用されるもの(介護療養病床)が13万床あります。今後、医療療養病床に関しては医療の必要性が高い患者を受け入れるようにし、それに合わせて看護、介護基準を上げるとともに診療報酬も上げる一方、医療の必要性が低い患者に関しては診療報酬を下げることになりました。
療養病床の多くは、一番軽症な患者が大部分を占めていますので、経営的に成り立ちにくくなることが予測され、結果15万床に削減される予定となっています。同時に、介護療養病床に関しては平成24年に廃止されることが発表されています。これらの病床は経過措置を経て、老人保健施設、ケアハウス、有老老人ホーム、グループホーム等への転用を促されています。
平成16年のデータで見ると、療養病床を有する病院の数は4285件と、全体の約半分です。上記によって無くなる病床数は、総計で23万床であり全体の病床の約14%に当たります。23万床が無くなることによって影響を受ける患者数は年間70万人と推計されます。
確かに、医療費を最も効率的に使うことが求められている今、医療依存度の低い患者を病院に入院させておくことは望ましいことではありません。「入院」機能は、病棟等の施設や、医師、看護師等の人材を使います。設備、人材に対する投資や、その結果として発生する固定費を効率的かつ効果的に活用するには、出来る限り高度な医療を提供することがマクロ経済的には望ましいでしょう。また、患者さんのQOLを考えても、療養時など「ケア」が求められる場面には治療の場である病院は向かず、家庭やそれに準じる施設が一番です。
このため療養型病床を閉じて老人ホーム等々に転用し、そこに患者を移すことは医療費適正化と患者のQOL両面から見て極めて理にかなっているように思われます。しかし実態を見ると、移行はそう簡単には行くわけではありません。
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◆ 病院の閉院、病棟閉鎖の実態
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当社でも最近、「病院“閉院”コンサルティング」を依頼されます。その多くは今回の診療報酬改定で影響を受けた療養型の病院です。病院の経営者にとって「病院」と「ホーム」は相当異なる業態であり、心理的にも実務的にも簡単に転用できるものではありません。このため、病院の土地がマンション等に転用出来る場合は特に、完全に閉院するか、病棟を閉鎖し診療所にダウンサイジングすることが選ばれます。
経営者が閉院することを選択した場合、実際何が起こるのでしょうか?最近当社で閉院支援をした事例で説明させて頂きたいと思います。仮にこの病院をA病院とします。A病院は東京の下町にある歴史の古い病院で、安価で良質な医療を提供し、地域に密着した経営を実現して来ました。経営者は院長を初めとした一族で、閉院当時も数名が常勤医として働いていました。病床規模は、約100床で全床が医療療養病床でした。
閉院にあたってしなくていけないことは、3つあります。
1) 従業員の退職促進
2) 患者の転院促進
3) 行政手続き
この3つを恙無く実行出来るか出来ないかによって、無事に閉院できるかの差が発生します。特に、患者の転院に関しては、失敗すると地域で築いて来た信用を一気に失いかねません。
1) 従業員の退職促進
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100床規模の病院であっても従業員は150名程度。全員の退職金を計算し、個別面談を行いながら、再就職情報に関する希望の有無を聞き出します。看護師は今年の診療報酬改定で看護基準が上がり、病院の収益が看護師の数と連動して上がるようになったので、引く手あまたでした。一方苦労したのは、レントゲンや検査技師です。療養型病院の場合、機材の更新がされてないことが多く、技術的に最新の機材に対応できないため、再就職先が限られて来てしまうのです。
2) 患者の転院促進
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一番大変なのは患者の転院先捜しです。A病院では、最終的に総勢140人の転院を支援しましたが、そのうち60%は他の病院、15%が老人保健施設、10%が特別養護老人ホームないし有料老人ホームに移り、在宅に帰れたのは9%しかいらっしゃいませんでした。
受け入れ先の病院は、同じく療養型病院がほとんどで、診療報酬改定で混乱しつつも閉院の決断がついていない病院や、地方の病院でコスト構造が安い病院、診療報酬が下がってもぎりぎりまで開院し続ける予定の病院などに電話をし、患者受け入れを依頼します。この過程で感じたのは、早く閉院を決断した病院のほうが当然有利で、時間が経つ程患者を受け入れてくれる病院は減り、スムーズな閉院は困難となります。
厚労省の大方針が、入院から在宅に帰すことであるにも関わらず、実際在宅に帰れた患者は1割以下であることに驚かれるかもしれません。しかし、療養型病院の長期入院が「社会的入院」と言われるのには、言われるだけの理由があって、「家に帰れる人」は、とうの昔に帰っているのです。入院し続ける人の多くは、「帰れない事情」を抱えています。
● Yさんは、身寄りのない認知症の方で、自宅に帰っても誰も看てくれません。毎月約8万円の年金生活なので、その中で賄える老人ホームや病院を捜さなくはならないのですが、徘徊したり、奇声を上げたりする人は大部屋では受けてくれません。一方差額ベッドは負担出来ません。結局この方は千葉の奥地のほうの病院に転院して頂くことになりました。
● Sさんは、入院費を滞納していました。家族とは全く連絡がとれず、電話を掛けても着信拒否になってしまいます。結局、家族の勤め先を通して連絡をとり、生活保護の申請を行い、別の病院に転院して頂く事になりました。
A病院の場合、生活保護対象者も相当居て、その比率は一般的な療養型病院よりも高いと思われます。生活保護対象者の場合は、家が借りられないので在宅には戻れませんが、医療費が公費負担となるのでまだ行き先の施設を捜し易いのです。最も困難なのは、ぎりぎり生活保護にならない、身寄りのない高齢者です。この方々は在宅にも帰れず転院も困難となります。
3) 行政手続き
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従業員の退職、患者さんの転院の手配をしながら閉院の行政手続きを行います。しかし、行政も閉院を前提としておらず、相談窓口がなく、結果としてたらい回しとなってしまいます。診療報酬改定を行っている厚労省と、行政手続きを地方行政の間の連携は全く存在しません。時間を遡って、国が一般病床の療養型病床への転用を押し進めていった中で、地方行政は施設整備補助金を出したことがありました。この補助金を使って整備した病床を減価償却(約30年)が終わるまで使用することを義務づけられており、終了前に廃業した場合は何億もの金額を返還する義務が発生してしまうのです。「2階に上げて、梯子をはずし、更に下から火を着けた」と怒る病院経営者もいらっしゃいます。
このような状況の中、A病院は比較的順調に閉院手続きを進めて行きました。A病院は同病院の場合は閉院の決断が早かったこと、退職金を払う原資があったこと、大きな債務を抱えていなかったことが幸いしました。しかし、全ての療養型病院がこのように順調に閉院できるとは思えません。
「医療費の適正化」、「患者のQOL確保」は方向性としては極めて正しいでしょう。しかし問題は現状からその将来ビジョンまで「跳ぶ」方法が具体化されていないことです。その狭間に落ちるのは、病院のスタッフであり、患者です。一方、我々が閉院支援をお手伝いして実感しているのは、年間約70万人も影響を受ける政策の大転換であるにも関わらず、極めて患者・家族の関心が薄く全く情報を持っていないことです。国民としては、もっと医療のあり方や医療費の使い方について注意を払っても良いのではないか、と強く感じさせられました。
( 代表取締役 大石佳能子 )
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