プラタナスネットワーク  
   
 
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2013年12月25日

副乳(ふくにゅう)

今回取り上げるのは「副乳(ふくにゅう)=accessory breast」です。

先日20歳代の女性が当院を受診され、

「生理前になるときまって、胸が張るのと同時に右の脇の下がしこりのように腫れて
痛くなる。ただし生理が始まってしまうとすっと軽快する」

という症状を訴えられました。 

「生理前の時期に痛いくらいに胸が張り、生理が始まるととたんに消失する」

というところは、前回・前々回に取り上げた「月経前症候群(PMS)」の症状で
よさそうですが、脇の下がしこりのように腫れて痛くなるのは、
いったい何なのでしょうか。 

実はこれ、胎生期に退化しきらずに生後も遺残してしまった乳腺組織で、
「副乳」と呼ばれるものなのです。

そして、この副乳がいちばん遺残しやすい部位が腋窩(えきか=脇の下)です。 

哺乳類のなかで、ヒトには胸部に1対の乳腺組織が発達していますが、
ほかの哺乳類では乳首が胸部よりも腹部に位置していて、
しかもその数がたくさんあり、たくさんの子どもが同時におっぱいを飲んでいる
ところをごらんになったことがあるのではないでしょうか。 

たとえばウシは左右2対で4個の乳首があり、クマは3対6個、イヌは4対8個、
ネコは5対10個、ブタは7対14個などのように、
同じ哺乳類でも種によってかなり乳首の数に差があります。 

ヒトも含めて哺乳類では胎生期に、腋窩から鼠径部(そけいぶ=脚の付け根)の
恥骨付近を通って大腿部の内側までの、体表を縦に線でつなぐように分布する
乳腺堤(mammary ridge)、あるいは乳線(milk line=ミルクライン)
と呼ばれる堤状の肥厚が表皮に形成されます。 

この線上であればどこにでも乳腺組織が生ずる可能性があり、
実際ヒトでも胎生期にはこの線上に複数の乳腺組織ができ始めるようなのですが、
ヒトでは生まれるまでに、胸部にある1対の乳腺組織以外は退化してしまうのです。 

他の哺乳類では退化する乳腺組織の部位と数が種によって異なる結果、
上記のような乳腺の数の差となっているのです。

ですから、ヒトにおける副乳というのは、乳腺堤/乳線のライン上に位置して
退化せずに遺残してしまった乳腺組織ということになり、腋窩領域にいちばん
それが起こりやすいわけです。 

ただ、海外の医学書には腋窩から胸部・腹部・鼠径部・大腿内側部にかけて
左右7対、合計14個の乳暈を伴う副乳の隆起を認める女性の、いささか衝撃的な写真
が載っていました。

この場合本来の正常な乳腺が胸部に1対あるわけですから、合わせて左右8対、
合計16個の乳腺組織が存在していることになり、
ごくまれながらこのようなケースもあることを認識させられます。

副乳は医療従事者でさえあまりなじみのないものですが、
それほどめずらしいものではなく、一般的には人口の1~6%の頻度
と報告されています。 

ただし欧米人では1~2%の頻度とされているのに対して、
アジア人では5~6%と、アジア人の方に頻度が多いことが知られています。 

約3分の1から約半数の例では左右両側性に認められるとされており、
頻度は少ないまでも男性にも見られることがあります。

通常は無症状であることが多いため、副乳があっても自身では気づいていないことも
多く、参照した資料によると、何らかの症状を来たす例は約3分の1程度で、
残りの3分の2では無症状のままだとされていました。

当院のようなプライマリ・ケアのクリニックを患者さんが受診される場合は、
冒頭の症例のように、生理に関連して定期的に腋窩が腫れてきて痛いことが主訴
となることが多いように思います。 

その他、副乳がある程度大きい場合には、上肢を動かす際に邪魔になることも
ありますし、そもそも美容的な問題を気にされる女性も多いでしょう。

一方で、副乳の存在が最も認識されやすいのは、妊娠中および授乳期です。 

出産後の授乳のために乳腺組織を発達させる必要があるわけですが、
副乳の乳腺組織は細胞や組織に異常があるわけではありませんから、
ホルモンの変化に反応して発達してしまいます。

妊娠期間中に徐々に拡大してきて、出産後よりさらに腫脹して痛みを来すように
なります。

典型的な臨床症状の場合には、病歴聴取と身体診察のみで臨床診断できますが、
もし何か検査をするとしたら、腋窩の表在超音波(エコー)検査が簡便に行うこと
ができて、参考になると思います。 

腋窩のしこりとしては、表在性の皮膚感染症や汗腺膿瘍、リンパ節腫脹、
がんのリンパ節転移など、けっこういろいろな疾患がありえますが、
病歴聴取と身体診察のみでも副乳との鑑別は難しくはないと思います。

それでも鑑別が困難な場合には、専用の針を穿刺して細胞を吸引して行う
針穿刺細胞診や、皮膚を切開して組織の一部を切りとってくる生検を行って
病理学的診断(病理医が顕微鏡で見て組織学的に診断する)を行います。

また、本来の乳腺に発生しうる疾患はほぼすべて副乳にも発生する可能性があり、
乳腺炎・のう胞・良性腫瘍・悪性腫瘍など、いずれも報告例が少なからずあるよう
です。

特に副乳に発生する乳がんは、本来の部位ではない部位に出来るわけですから
要注意です。 

ただ現在のところ、副乳が本来の乳腺より乳がんが発生しやすいという明らかな
データはないので、一般的には手術で切除したりせずに経過観察していきます。 

生理や妊娠・授乳に関連して周期的あるいは断続的に出現する疼痛に対しては、
冷罨法(とにかく冷やす)や鎮痛薬などを用いた対症療法を行います。

妊娠・授乳に関連して顕在化した副乳では、授乳終了後には自然に消退するはず
ですから、多くの場合、対症療法のみで経過観察します。

このような保存的な治療では疼痛がコントロールできない場合には手術で副乳組織
を切除する治療法の適応となります。 

一方、疼痛はなくとも、美容的に問題ありと判断される場合には美容外科的に
切除手術が行われることもあります。

冒頭に提示した患者さんでは、副乳についてご説明したうえで、
月経前症候群の治療として当帰芍薬散という漢方薬の内服を開始して経過観察
していくこととしました。

(副院長 増田 浩三)


Posted by kuc at 16:29
 
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